「栄養士は一人仕事ではありません。
知恵を出しあって進みましょう!」
Vol.9 愛知県 津島市役所
Vol.9 愛知県 津島市役所
大学卒業後、津島市役所の栄養士として働き始めた山口さん。20代のころの主な業務内容は、「給食の献立を作成し、調理員に衛生面を指導し、料理を作ってもらうこと」でした。保育園を担当して20年ほど経った今は、給食に関連する業務のほか、子育て中のお母さんや困っている家庭、食が難しい子どもへの支援など、「子どもの食」に関わる多岐にわたる活動を行います。
平成17年「食育基本法」が施行される前から、いわゆる食育活動に取り組んできた山口さん。ひとつひとつの仕事に向き合い、感謝される仕事をし続けています。その活動内容と心がけを通して、栄養士が目指す姿に迫ります。
山口さんのメインとなる業務は、保育園の給食献立に関わる全般。担当するのは、民間を含めた市内11園の保育園給食です。
「月初めまでに、次月の給食献立に向けた『献立会議』を、各園の代表を集めて行っています。支払いなど経理処理の締め切りが同じタイミングなので、月末から月初めが一番大変。それが終わり、献立会議の内容を反映し、献立を変更します。離乳食なども含めた献立表を完成させ、検食結果を記入するための検食表(クラス用・延長保育用・一時保育用・おやつ用・離乳食用・アレルギー用)と合わせて各園に配ります。これが献立に関わる一連の作業ですね」
献立会議とは、各園の調理員が集まり、給食について話し合う機会です。その会議の進行に欠かせないのが「検食表」。市内全園の園長先生と各クラスに配られる、毎日の「給食に対する評価」を記入するシートです。会議参加者である園代表の調理員が持参し、それをもとに、給食の内容を改善していきます。
献立を計画して実施。それに対して各園が評価するという、市の保育園給食に関わる人みんなで、よりよく改善していくことを目的に集まる会議なのです。これらの仕組みを作ることができたのも、保護者の声に耳を傾け、寄り添ってきた結果です。
子どもの食に関して、世の中のニーズが様変わりした今。平成17年7月施行の「食育基本法」によって、園自体で食育活動を行う時代になり、栄養士の業務内容に大きな影響を与えました。
自治体栄養士の山口さんはそれ以前から、給食献立に関わることと並行して、いわゆる食育活動を自発的に行ってきました。地道な活動は大きく花開き、支援をしていた園児の一人はすでに高校生。いまだに山口さんのもとへ親子で会いに来てくれると言います。
「いつの時代もお母さんたちは、子どもの食事について悩みが多いのを実感します。市の生涯学習センターで行っている栄養相談では、何人ものお母さんが来てくださり、所定の時間内ではみなさんの相談を受けられないほど。たくさん話をした後、『すっきりした、話せてよかった』と笑顔で帰られる方が多いのは、よかったと思える瞬間です。私の一方的な話を聞いてもらうだけでは意味がなく、じっくり会話をして納得してもらい、その後親子で向き合って、一緒に食事をしてもらうのが大事だと考えています」
給食現場では、栄養士はもくもくと取り組む一人仕事、と感じるのも事実。山口さんは「心がけひとつで、みんなとつながれるし、充実度が増していく」と断言します。その柔軟な取り組み方は、見習うことがたくさんあります。
山口さんが最近よく感じるのは、経験者からさまざまなことを吸収し、学ぶことの大切さ。「献立会議に参加する調理員さんは、若い人たちが増えてきました。彼女たちによく伝えるのは、『長年やってきた先輩たちがいる間に、いろんなことを聞いておいた方がいいよ』と」。
津島市の栄養士は山口さん一人です。しかし少し引いて周りを見渡すと、子どもの食というつながりで、ネットワークは広がっていきました。「これまでほかの市町村の栄養士に、いろんなことを教えてもらいました。食育活動に使っているいろんなグッズを作るようになったのも、そういったつながりからです。ちょっと外に目を向けると、立場や役割は違いますが、いろんなことを話せる人が増えていきます。そういった先輩たちが退職されて、環境が変わっていくと、今度は、ほかの市町村の栄養士から電話が入るなど、私が頼られる立場に。次の世代にしっかり伝えることに、力を注いでいきたいですね」
気づいたことがあれば、その場で伝えるようにも心がけていて、例えば、「保育園のスタッフに対して『アレルギーを持つ子どものお母さんは、自分のせいだと思い、自分を責めていることが多い。気をつけて、傷つけないような話し方や言葉遣いを意識しないといけないよ』など、自分の経験も含めて話します」。
給食に関わる人たちがより仕事内容を深めるために、すぐできることを教えてもらいました。「『児童福祉施設における食事の提供ガイド』に、調理員は子どもが食べているところに行っているか、といった内容がありますが、これは必ず行った方がいいですね。食事の場に行くのもそうだけど、“食べる”行為だけを見るのではなく、その子が“どういう気持ちで食べているのか”と、視点を変えて見てみる。これは日々簡単にできることですよ」
視点を変えると、嫌いで食べられない子に対して、上手に声がけができるようになるなど、日々の活動がスムーズになります。食べにくい子が、なぜ食べにくいのか?口の発達なのか、口の中が乾きやすいのか、お茶を飲ませてから食べさせたらいいのか。考えを巡らせると、さまざまな気づきがありそうです。
「口の水分を取られるおやつを食べさせるのは、しっかり目を覚まさせてから。続けて食べさせると危険ですから、寝起きの状態のときは特に気をつけ、では果物にしようとか、口に水分を入れてからに、など、やるべきことが見えてきます。口の状態、体、心の状態まで、いろんなことが見えてくるかな。愛情をかけてもらっている子と、一人で食べている子の食べ方は違いますし、家庭のことも見えてくるでしょう」
食育という言葉が頻繁に使われるようになる前から、食育活動を行ってきた山口さん。「先生やお母さんたちが『おいしいね』といいながら、『これ食べると風邪をひかなくなるよ』『これって昔からお祭りのときに食べるのよ』とか、『ずるずるやっちゃだめだよ』みたいに、いろんなことを話しながら食べて、“おいしいね、いいにおいするね”というのが一番の大事なこと。食の知識を得るお勉強は二の次でいいと思っています」
続けて、「保育士さんは、給食の時間に食育の話をしながら食べてくれればいいなと。園児に食べるのを待たせて、『あの食べ物は何、これは何』と、お勉強ばかりが先に行きがちです。お願したいのは、園児の前で残食しないこと。食がうまく進んでいない子は、お母さんや保育士さんが『わあ、おいしい!』と、気持ちをそそっていくしかありません。お母さんたちには、すぐ解決する方法がなくてごめんね、というのですが、お友だちとごはんを食べて、これがおいしいと思うきっかけを作る。子どもたちにプラスのイメージを植え続けていくしかないのです」。
学ぶことを怠らず、専門知識を増やしていくこと。山口さんは日々の業務からもその必要性を実感しています。「聞かれたことはすべて答えられるように情報を集め、それなりに勉強をしているつもりです。面談では、その場で判断し、正しい回答をしなくてはいけない場面が多くあります。保護者に『どうなのかな…。分からないからちょっと調べるね』とは返せません。一つの答えだけが正解ではないから、『これがあってこうだけど、家庭だとどんな感じでやれそうかな』と、その背景も含めて話すようにしています。一つのことでも、いろんな知識がないと答えが導けないので、すぐ答えられるだけの知識はもっていたいですよね」
現場経験が浅いとすぐ答えが導けず、また日々の業務で積極的に勉強する余裕がない人も多いはず。「今の私の頭の知識を、どう得たのかと尋ねられても分かりません。経験から得て、身につくことも多いですし、まずは日々の生活の中で子どもたちに目を向け続けること。そこから生まれてくるものが必ずありますから」
山口さんは、専門書に触れ、研修会やセミナーに参加するほかに、日常生活の中でつい栄養士としてモノを見てしまうのだとか。「フードコートに行くとつい子どもを見て、みんな丸飲みして咀嚼できていないな、ラッパ飲みしている子がいっぱいいて、ちゃんと飲めていないな、とか。日常からも現状や課題が見えてきます。子どもを見ようという意識で、仕事の幅ややりがいが変わってきますよ」
子どものアレルギー問題は、保育園給食の大きな課題の一つです。アレルギーの子どもを預かる環境を整えようと、津島市では、平成13年から「給食献立から、卵・乳を完全除去」することで、民間の園でも取り入れやすくしています。アレルギーの子どもを持つ保護者へは、面談を通して、スタッフが連携して取り組みます。
実は、この津島市のアレルギー対応システムの構築には株式会社アドムの佐橋が関わっています。現状のアレルギー対応に至る経緯を振り返るとともに、継続するためのポイントを聞きました。
「いろんな立場の人で知恵を出し合うのが大事。“いろんな意見がもらえる”という感覚で、たくさんの人と関わっていくように仕事を進めていますね」と山口さん。行っている食育活動のポイントを聞きました。
「保育園・幼稚園でアンケートをとり、子どもの健康にとって何の問題があるか調べたら、寝る時間が遅いことがありました。『はや寝、はや起き、朝ごはんと朝うんちが大事だよね』と。これを強化するのにどうしようと考えたのが紙芝居。キャラクターを使い、子どもたちにも考えさせるよう展開します。活動2年目からは、ボランティア活動してくれる人に声がけをして広がっています。いまは年少から年長までが対象。3年間やると効果につながります。私がナレーターをするときは『みんなが先生になって、おうちの人に教えてあげて』と紹介のシートを渡し、活動の内容が広く伝わるようにしています」
「津島市の栄養士が所属する栄養士連絡会で、“元気いきいきつし丸ごはん”という活動の普及をしています。食事の量を自分の手で計る“てばかり栄養法”に準じた食事を『つし丸ごはん』として、市内の飲食店に協力してもらい、適量のごはんの提供をはじめています。少しごはんの量を減らしたり、野菜の量を増やしてもらったり。市の健康祭りではお弁当の販売もしてもらいます」