ユーザー訪問「市川保育園」
これまでアドムでは全国4100ヶ所以上の保育園に、給食ソフト「わんぱくランチ」を提供してきました。その中には、すばらしい給食を提供されている保育園がいらっしゃいます。そこで私たちが知り得た考え方や情報などを、おつきあいのある保育園の方々にお伝えしたらどうだろうか。きっといい影響を与え、これからの給食活動に役立つかもしれない。そんな想いからニュースレターを発行することになりました。今回ご紹介するのは、千葉県市川市にある「市川保育園」。ここは平成25年から、食物アレルギーフリーの給食を積極的に導入されてきました。では、さっそくアドムの佐橋がレポートしましょう。
食物アレルギーフリーを、たった1年で軌道へ。
食物アレルギーフリーの給食なんて、そう簡単に導入できるわけはない。私たちは、そう思ってしまいます。しかし、それをたった1年で、いとも簡単に運営化されている保育園があります。それが今回ご紹介する「市川保育園」です。しかも注目したいのが、献立から一切「鶏卵、乳、小麦」をなくしてしまったことです。「え? 献立が大変じゃないの?」と思うことでしょう。しかし、ここの管理栄養士・江島さんは、持ち前の行動力と愛情でクリア。これにより保育士さんをはじめ、全職員さんから「アレルギー事故による不安」も大きく取り除くことになりました。それだけでなく保護者の方々から反発の声が一切なく、逆に感謝の言葉をいただくほどになったのだとか。食物アレルギーフリーの給食は、ちょっとしたコツで簡単に導入できる。そう語る江島さんからお伺いしたお話を、さっそくお伝えしようと思います。
かつては「除去・代替」で対応していた市川保育園。
鶏卵、乳、小麦は、食物アレルギー全体の約60%を占める3大主要原因食品。保育園給食でこれらを使用しないことにより、食物アレルギー事故のリスクを下げることができます。しかし、
・基準の栄養価を満たす献立をつくることは、むずかしいのでは?
・おいしくなくなってしまうのでは?
・アレルギーのない園児に不満が出てこないのか?
と心配なことがたくさんあります。こうした不安があるからこそ、保育園の食物アレルギー対応は「除去・代替」が基本。細心の注意を払って、個別対応が行われているのが現状でしょう。実は市川保育園でも、かつては「除去・代替」が中心の対応でした。期間としては、市の運営から民間委託になった平成17年から平成24年までのことです。平成17年の当初、食物アレルギー対応としては除去。それがむずかしい場合には、家庭より代替食(卵焼きなら高野豆腐を煮たもの等)を持参していただいたそうです。平成20年からは、完全に「除去と代替食」へ移行。代替えの内容としては、麺やパンなら米麺と米パン、牛乳なら豆乳です。卵料理の場合、代替としてハンバーグなどを手作りしていたと言います。
食物アレルギー管理の大変さを実感。
「こうした対応は少人数なら、なんとかできます。でも、これが10名以上になったら話が違います。」と語る江島先生。アレルギー児は、気をつける食材はそれぞれ違います。そうなれば、つくるパターンも複雑になり、人数分のトレイも用意する必要があります。
ところが、スペースが限られる給食室では、トレイを置く場所がないのが現状です。さらに、食物アレルギー対応は、給食室だけの問題だけではありません。手渡された給食は、保育士さんの手によって配膳されます。もし、まちがえて配膳されたら、それこそ一大事です。そこで給食を手渡すときに、栄養士から「これは○○ちゃんの除去食です。」との声出しをすることにしました。これはどこの保育園でも実施されていることでしょう。
現状のままでは、もう限界。次にすべきことは?
「それでもミスは起こり得ます。」と語る江島先生。そこで職員全員が参加し、どのようにしたらミスをなくせるのか、検討を繰り返したそうです。そのうえで、
・給食室の役割は、間違いなく個々のアレルギー対応食を作ること。
・保育士の役割は、それを間違いなく園児に食べさせること。
これらを徹底するため、ルールとマニュアルが作られたそうです。こうした努力のかたわら、疑問がでてきたと言います。それは「どんなマニュアルを細かく決めすぎても、職員全員に周知させることは厳しい。」ということ。同時に主任保育士の先生は、「子どもの食べこぼしによる誤食など、事故を完全に防ぐことができない。」と強く思ったそうです。
さらに江島先生は、こんな思いにも襲われたそうです。「食物アレルギーの事故は、人の死につながる。それなのに対応できる空間や設備、システムが整っているわけでもない。大切な命の重みを、この状態のままで背負うのはムリじゃないか。」。このままリスクを負って仕事をするのは、恐怖でしかありません。「神経を張りつめて、毎日の給食を提供し続ければ、私たちは心底疲れてしまう。」と江島先生は思ったそうです。これからアレルギー児の数が増えたとしたら、どうにもならい状況になるだろう。何か別の手立てを、すべきかもしれない。そう考えていた矢先、世の中では悲しい事故が起こりました。
平成25年8月。完全に「鶏卵、乳、小麦」をなくす
牛乳はおやつの飲み物としてのみ提供
それは東京都内の小学校で起きた、食物アレルギーによる死亡事故です。これを機に「命を守る」ことを最優先に考えた市川保育園は、園全体の献立からアレルゲンをなくすことに踏み切りました。平成25年5月のことです。とはいえ、すべての献立からアレルゲンを完全になくすということはできません。
そこで食物アレルギーの3大主要原因食品である「鶏卵、乳、小麦」を抜いていくことを進めました。これによって複雑な食物アレルギー対応も比較的シンプルになり、管理がしやすくなるのです。取り組みの第一段階として、「鶏卵と乳」を献立から外したそうです。主要原因食品の「鶏卵と乳」を使わなければ、その負担はかなり減らせます。さらに4カ月後には、つぎのステップとして「小麦を抜く」ことに取りかかりました。こうして平成25年中には、完全に「鶏卵、乳、小麦」を一切使わないメニューを実現させたのです。しかもそれから平成26年には、「えび、かに、キウイ」の除去献立も実施しています。
ここで気になるのが、「鶏卵、乳、小麦」を抜くことで献立の幅が少なくなるのではないかということ。これについて尋ねると、「小麦を抜いたときは、正直、このまま1か月続けられるかなと思いました。そこでいろいろと試行錯誤しながらも、どんどん新しい献立を入れたんです。メニューを増やすために、アドムさんの献立を参考にさせていただいたり、クックパッドからアイデアをいただきました。」とのこと。さらに、献立のバリエーションを広げる意味では、魚・豆腐を増やし、野菜を多めに使うことも一つの方法なのだとか。また、つなぎで小麦が使えないというストレスについて聞いてみたところ、「たとえばハンバーグやがんもどきのつなぎには、片栗粉やすりおろしたれんこん、山芋などを使用しています。工夫次第でなんとかなるものです。」との返事が返ってきました。
栄養面も確保。しかも、おいしい給食へ。
さて、リスクを回避するために進められた、「食物アレルギーフリー献立」。ただ単にアレルゲンを除去すればいいというものではありません。やはり献立を立てるうえで、食事摂取基準値を満たすことが大切です。当然、市川保育園では基準値を守りつつ、アレルギーフリーを実施しています。しかし基準値を守ったとしても「そこそこの味」になり、給食の楽しさが半減しては意味がありません。
そこで市川保育園では、おいしくするための努力にも取り組みました。たとえば米粉などを使い、小麦の代わになる食材を上手に利用したり、時には食物アレルギー用食材を使っておいしさをプラスしたり。いろいろな食材を使って工夫し、おいしい給食を作っています。小麦を使用していないおやつも、子どもたちが行列を作って楽しみにしてくれるメニューがあるそうです。また特定の果物にアレルギーがある場合は、同じビタミン補給ができる別の果物にするなど、在籍する園児に合わせて使用する食品を変えることもしています。
今回の食物アレルギーフリーを導入したことで、予想していなかったメリットがあったと言います。それは脂質がオーバーしない栄養価になったことです。これはご飯を基本に、一汁三菜という「和食中心」の献立にしたおかげなのだとか。魚や野菜を使うことで、たんぱく質が満たされるとともに、他の栄養価の過不足もない。そんなヘルシーなメニューになった市川保育園。それも試行錯誤のうえで、行き着いた結果でもあります。
さらに、食物アレルギーフリー献立の導入は、調理室だけでなく、保育の現場にも大きな安心をもたらしました。これまで保育士さんは、アレルギー児のために、配膳や給食と細心の注意を払うのが日課でした。今回の導入により、リスクが大きく軽減。保育に余裕ができ、子どもたちも落ち着いて食事ができるようになったと言います。
リスクを減らすため、現場の改善が進められた。
こうして導入されたものの、完全な食物アレルギーフリーになったわけではありません。ごま、たけのこ、タラ、ししゃも、アーモンドなどは除去または代替食で個別に対応しているのが現状です。そこで、より一層のリスクを軽減するために、平成26年から「保育士さんから声出しをして確認する」( 以下(2)を参照) という方法を採用したとのこと。改善後をまとめると次の通りです。朝の朝礼で、管理栄養士が全職員に対して、本日の給食の食物アレルギーについて説明。
(1)給食室内
→調理後、調理室内の職員間で、声に出して食物アレルギーを確認。
(2)給食室前の配膳室
→給食を取りに来た保育士さんが、食物アレルギーを声に出して伝え、給食室担当者から給食を受け取る。
(保育士さん自ら、「ごまを食べることができない〇〇ちゃんの除去食ください。」と声掛けする)
(3)保育室内
→保育士間で声に出してアレルギーを確認し、園児の食事を見守る。
調理担当者は給食を作った人だから、アレルギー食について把握していて当然。事故を防ぐためには、保育士さんが主体的になることが重要です。そこで保育士さんから調理担当者にアレルギー内容を伝えた上で、給食を受け取るというルールにしたのだとか。こうした取り組みを園全体で行う市川保育園。ほんとうに素晴らしいことではないでしょうか。
保護者の方々に向け、やっておくべきこと。
さて、食物アレルギーフリーを実施するうえで忘れてはならないのが、保護者の方々の対応です。食物アレルギーフリーは、リスクを減らす意味では大切。しかし、運用にあたっては食物アレルギーのない子も口にすることになります。そういう意味で、すべての保護者たちの理解がなければ実施できないのも事実。そこで市川保育園がどんなを対応をしてきたのでしょうか。
「保護者さまから理解を得るために、保護者懇談でお話をするのも必要でしょう。それとともに日常の中で、立ち話でもいいからお子さんのこと、ご家庭の食生活のことなど話をするんです。こうした小さな積み重ねから、大きな信頼が生まれますから。」と江島先生。さらに「発信すること」も必要不可欠だと言います。これまで齋藤園長の旗振りの元、理解を深めるため「保育園だより」や「掲示板」、「給食伝言板」で情報発信をされています。それも一般的な啓蒙やニュースではなく、園児たちがふだんどのような食事をしいているのかなど、とても親近感のわく内容です。
また毎年行われる試食会の時には「給食アンケート」を行い、保護者の声を給食にとりいれているそうです。こうした発信やフォローのおかげで、保護者からの評判は上々。「役立つ!」「楽しみ!」といったコメントが寄せられているそうです。
園全体で取り組む。だからこそ、実現できた。
「食物アレルギーフリーを軌道に乗せられたのは、職員全員の気持ちが一つになったから。」と語る江島先生。「すべては私たちからの提案を、快諾していただいた園長先生のおかげ。」と感謝されていました。齋藤園長はその言葉に謙遜しながらも、「アレルギーフリーの献立にしてよかったです。健康的で、おいしいのがいい。子どもたちも給食を楽しみにしていますよ。なによりも、みんな一緒に食べることができること。それが一番うれしいことですね。」と笑顔が返ってきました。
そして、最後にお二人から「実際にやってみると意外と簡単。まずは思い切ってやってみるといいですよ。」との温かいお言葉をいただきました。こうして取材して思ったことは、一つの理想をカタチにするためには、いろいろな要素が必要だということです。江島先生が以前勤められていた病院で培った技術と、ご自身の重度のアレルギー児の母として習得した知識・経験。それらとともに、たくさんの愛情が注がれたこと。さらに齋藤園長の「現場に答えがある。だから現場からの提案は、積極的に受け入れるべき。」という寛容なる姿勢。そして、全職員が「命」のために気持ちを一つにして動いたこと。こうした一つひとつの要素が重なり、アレルギーフリーの給食が実現することができたと思います。
最後に。
いま、全国の保育園では、アレルギーフリーの献立が導入されはじめています。家庭の食事とのバランスを考えると、保育園で魚が増え、和食中心の食事にするのは価値のあることです。アドムとしても、こうした給食のお役に立てるよう、2014年10月から「鶏卵・乳・小麦」を使わない献立をご提供しています。安心・安全な給食を、みんなで一緒に楽しく食べられることは、とてもすばらしいことです。これからも市川保育園のような保育園が増えれば、日本の給食が変わるのではないでしょうか。今回、多忙にも関わらず出迎えていただいた齋藤園長をはじめ、ご対応いただいた管理栄養士の江島さんやスタッフの皆様、貴重なお時間をいただき誠にありがとうございました。
(取材日2015年7月3日)