ユーザー訪問
「北海道・千歳市・保健福祉部」
これまでアドムでは全国6000ヶ所以上の保育園に、給食ソフト「わんぱくランチ」を提供してきました。その中には、すばらしい給食を提供されている保育園がいらっしゃいます。そこで私たちが知り得た考え方や情報などを、おつきあいのある保育園の方々にお伝えしたらどうだろうか。きっといい影響を与え、これからの給食活動に役立つかもしれない。そんな想いからニュースレターを発行することになりました。今回ご紹介するのは、北海道・千歳市。ここは自治体として、平成25年から鶏卵と牛乳をできるだけ使わない献立「なかよし給食」を導入し、現在もスムーズに運営しています。では、さっそくアドムの佐橋がレポートしましょう。
自治体で、なぜそれが実現できたのか。
鶏卵と牛乳のない献立作成は、たったの1日。しかも、わずか1か月で現場に導入。今や千歳市内の認定こども園、認可保育所など18か所が、鶏卵と牛乳をできるだけ使わない「なかよし給食」を実施しています。それが平成25年にスタートしてから現在まで、スムーズに継続できているのです。こうした信じられない給食を導入した自治体が北海道・千歳市です。なぜ、そのスピードでできたのでしょうか。そもそも導入時に現場での課題はなかったのか。今はどのように継続しているのか…。さまざまな疑問がわいてきます。そこで今回、私たちアドムがその答えを見つけるために関係者に取材してきました。
わずか1か月で導入した理由とは。
「なかよし給食」を、わずか1か月で導入した理由。そのきっかけは平成25年に起きた、末広保育所( 現在の「認定こども園つばさ」) の2件の人為的ミスです。幸い大事に至りませんでしたが、小麦アレルギーの男児に小麦を使ったシチュー、卵アレルギーの3人にはつなぎに卵を使ったおやつが提供されたのです。いずれも確認不足が原因でした。人為的ミスが立て続けて起こったこともあり、千歳市として早急に対応。その結果、副市長を委員長とする誤食事故対策委員会が発足しました。「子どもの命を守ることを最優先」に、安全対策を実施。その取り組みの一つとして「なかよし給食」を導入することになったのです。
1日でも早く対応したい。その結果、出会ったもの。
「なかよし給食」導入当時について「とにかく必死だった」と語るのは、千歳市保健福祉部の中島さん。認定こども園等の献立を一手に管理する管理栄養士です。命に関わることだから、一日でも早い対応をしなくてはならない。ただその一心で行動したのだとか。そうはいっても当初から「なかよし給食」が決まっていた訳ではありませんでした。まずは、どのように献立を改善したらいいのか。食物アレルギーフリー給食に関する情報を集めることに奔走したといいます。その中で見つけたのが「なかよし給食」だったのです。
「なかよし給食」との出会い。平成25年6月導入へ。
アレルギー原因食材を使わない「なかよし給食」は、アレルギーのある子もない子も、みんな仲良く同じ給食を食べることができます。中島さんは、この献立のパイオニアである大阪のおおわだ保育園にすぐさま連絡。視察およびアドバイスを受けることになりました。その結果、自治体として初めて導入することに至ったのです。とはいえ千歳市の献立は、「完全除去」ではありません。目的は、あくまで誤食の危険性を軽減すること。当時は9施設で計908人の子どものうち、食物アレルギーがある子は57人。うち9割近い51人が卵か乳製品のアレルギーでした。こうした側面から、「鶏卵・牛乳をできるだけ使わない」ようにする方向で動きはじめたのです。
千歳市の「なかよし給食」。その特徴とは。
千歳市の「なかよし給食」の特徴は、アレルギーフリーだけではありません。栄養価のバランス、健康面やおいしさにもこだわっています。主な内容は、以下の通りです。
■「鶏卵・牛乳」を使わない工夫
◎鶏卵や牛乳を含む加工食品とつなぎは、他の食材で対応。(つなぎは、豆腐、じゃがいも、レンコンなどで代用します。)
◎パンは、鶏卵と牛乳を含まない無添加パンを使用。
◎添加物などを含む加工食品や市販品を減らし、素材を生かした手づくり料理を増やす。
■栄養価のバランスを保つ工夫
◎食物繊維、ビタミン、ミネラルの摂取のため7分づき米を使用。
◎ビタミンやミネラル、食物繊維を多く含む豆腐料理や野菜料理を増やす。
■その他の工夫
◎不飽和脂肪(DHAやEPA)などを含む魚料理を増やす。
◎ヒジキやシラスを混ぜたり、手づくりふりかけを載せた味付きご飯を増やす。
◎カレーライス、ビビンバ、炊き込みご飯などの代わりご飯を増やす。
◎積極的に旬の食材を取り入れる。(ほぼ毎日、季節の果物を取り入れています。)
◎地元産の野菜や食材で作る地産地消の日を設ける。
「なかよし給食」の導入後、思わぬ効果が現れる。
「なかよし給食」によって、鶏卵・牛乳の誤食リスクは約9割も軽減されます。実はそれ以外に、思わぬ効果が現れたといいます。その一つが食材費の軽減です。導入前(平成24年度)と導入後(平成26年)を比較したとき、食材費が約8%減少したのだとか。これは魚や野菜の手づくり料理を増やすため、スーパーで買える食材を使うことになった結果です。さらに手づくり料理は子どもたちに大好評なうえ、魚料理を増やしたことで、「魚が好き!」という子どもが増えたそうです。
簡単に導入できなかった一つの理由とは。
いいことづくしの「なかよし給食」は、まるで魔法の献立のように感じます。それなら、おおわだ保育園の「なかよし給食」を、そのまま導入すればいいと思いがちです。しかし、残念ながらそうではありませんでした。中島さんいわく、「地域による食材のちがい」があるからだそうです。さらに「民間の保育園では、それぞれ独特の雰囲気があるので、地元の趣向にあった献立が必要なんです。」といいます。そこで中島さんは、おおわだ保育園の献立を参考にしながらも、千歳市ならではの献立を作成することになるのです。そうはいっても、1日も早くアレルギーフリー献立を導入したい。でも、時間がない。そこで中島さんが取り組んだのは、過去の献立をアレンジすることです。これまで鶏卵・牛乳のない献立を作成したことはあります。いきなり新しい献立にするより、過去のアレンジなら、調理現場を混乱させることもありません。先々のことを考えすぎと止まってしまう。とにかく実施するのが先決との考えから、1日で翌月の献立だけを作成することにしたのです。
導入のときに得た大きな気づき。
「何か特別な献立をしなければならい。導入前は、そう思っていました。」と語る中島さん。でも、実際にはじめてみたら、意外とそうでもないと実感したそうです。実は導入して以来、さまざまな関係者から「アレルギー対応のために、どんな食材を使っているの?」「アレルギー対応食のおススメのレシピを教えてほしい。」といった話があるそうです。しかし、栄養士なら今までアレルギーフリー献立を立てたことがあるはず。それをメインにするだけの話。あとは、栄養価をうまく調整していけばいいといいます。アレルギーフリーといえば、どこかの献立を持って来たり、レシピがたくさんないといけない。それは単なる思い込みだと気づいた中島さん。今までの献立で十分やっていけるから、決して重く考えない。それよりも、まずできることから始めることが肝心だと自覚したそうです。
保育士や保護者の反応はどうだったのか?
「なかよし給食」の導入によって、当然、保育の現場にも大きな安心をもたらすことになりました。そこで公立保育園の大場園長に感想を聞いてみました。
「アレルギー食材に触れるだけで赤くなる子もいます。食べこぼし、落ちているものを触ることでもあり得ます。心配しだしたらきりがありません。それが鶏卵と牛乳がなくなったことで、かなり精神的な負担が減りましたね。」これまで配膳や給食に細心の注意を払っていた保育士さん。それでなくても日常の保育は大変です。そんな多忙な中で、アレルギーのリスクが軽減。安心して、保育に集中できるようになったそうです。さらに保育士たちが日ごろから給食に関心を持つだけでなく、アレルギー食材への関心が高まったそうです。
ここで気になるのが保護者の反応です。そこで大場園長に尋ねてみました。「導入にあたり、保護者に対してしっかりと説明をしました。そのせいか皆さんご理解をいただくことができました。」この他、保護者たちが集うクラス懇談会などでも説明をして理解を深めていったそうです。その後の給食に関するアンケートでは、( 民間保育園の) 保護者からは、「いいことだ」などの声があがっているとのこと。現在では、展示している献立に興味を持つ保護者から「おいしそうですね」と声があがったり、アレルギー児の保護者ではない方からも「アレルギー対応のパン」の製造元を聞かれたりするのだとか。「なかよし給食」の導入によって、多くの大人たちの食への関心が必然的に高まっていったのです。
さらに大人たちだけでなく、園児たちからもうれしい反応が増えたといいます。たとえば園児たちが調理員さんに、「今日の○○がおいしかったよ~」との感想を口にするなど、以前にはなかったことがおきているとのこと。「なかよし給食」は、子どもたちに安全をもたすだけでなく、毎日待ち望む「おいしい給食」になったのです。
千歳市の本気は、この程度では終わらない
こうした「なかよし給食」の導入は、給食改革はあくまで一部にしかすぎません。なぜなら千歳市の給食は、あくまで鶏卵と牛乳をできるだけ除くことであり、「完全除去食ではない」からです。また他にも小麦などのアレルギーを持つ子どもたちに給食を提供しなくてはなりません。そこで誤食事故対策委員会では「7つの安全対策」を設け、人為的ミスを防ぐための安全対策が行われています。
1.調理手順および作業ルールの厳守・徹底
2.食物アレルギー対応の色つき食器の導入
3.献立表の見直し
4.新たな献立ソフトの導入
5.食物アレルギー対応マニュアルの改訂
6.食物アレルギー等に関する研修会、勉強会の開催
7.委託業務体制の見直し
この中で、この中で特にご紹介したいのが、1から3までの項目です。順を追って紹介しましょう。
調理手順および作業ルールの厳守・徹底とは?
誤食事故の確率を減らすために、基本となるのが現場の改善です。代替食を作るスタッフは、他のスタッフとちがいがわかるよう赤いエプロンをつけます。そのうえで何重ものチェックを実施します。
■チェック方法
●調理員は、当日の朝、調理前、調理中、調理後の確認を全員で行います。また引き渡し段階では、必ず「指差し・声出し」を徹底します。
対応食を調理する際は、対応食点検表、食札、対応食献立表を確認して、調理作業を行うことを徹底します。
●保育士は、給食を受け取る際に、調理員から児童の名前と対応食の内容を確認、必ず対応食を調理した人から受け取ります。
●対応食点検表は、各作業工程での確認者を特定できるよう、押印欄を設定。必ずチェックすることになっています。
さて、ここまで徹底した現場ルールは、ルーティーン作業になりかねません。そこで月に一度、市の室長( 次長職にあたる人)、保育課の課長( または係長) がチェックのため来園するそうです。さらに現場では、目で見てわかる工夫も取り入れています。それが食物アレルギー対応食の「専用トレー」と「色つき食器」の採用です。また専用トレーには、子どもの名前とアレルギー原因物質を表記した「食札」を添えて配膳します。さらに鶏卵や牛乳を入れた献立が出る場合、お味噌汁とクリームスープのように明らかに見た目がちがう工夫もされています。これにより調理ミスや誤った配膳もなくすだけでなく、隣の子どもの給食を食べるという誤食リスクも減らしています。
月1回の鶏卵と牛乳を含む献立がある理由。
千歳市では毎日、「なかよし給食」が実施されています。しかし、月に1回、鶏卵と牛乳を含む献立があるそうです。それには2つの理由があります。まず一つ目は、地域への配慮です。ご存知の通り、北海道は畜産王国。その中で千歳市は、鶏卵の生産高が道内で一番なのだとか。保護者の中には、畜産の関係者もいるかもしれません。そんな環境の中で鶏卵や牛乳を除去するというのはある種の冒険です。そこで月1回という配慮を行ったという訳です。
もう一点の理由としては、危機管理の維持があげられます。月1回、「鶏卵と牛乳がある日」があるおかげで、アレルギーへの意識を忘れないでいられるといいます。また子どもたちにとっても「自分はアレルギーなんだ」という自覚を忘れないでおくことは、今後小学校に進学したときにも重要であることなのだとか。
ちなみに鶏卵と牛乳の献立の日以外でも、お誕生日会として各民間保育園が献立を自由に立てられる日が設けられています。これも「自分たちのメニューが取り入れられる」という配慮でもあります。
献立改革から2年経過。今後の課題とは?
平成25年に献立改革してから、はや2年。「仲よし給食」は、現在も何ごともなく順調に進んでいます。すべては、確かな取り組みと運営によるものです。その一方で、今後について、いくつかの課題があると阿蘓園長はいいます。具体的なものとしては、何年も続けていくうちに危機感が薄れ、「もう丈夫だろう」という気のゆるみがでることです。さらに保育士や調理員が入れ替わりとともに、今やっていることが「なかよし給食」だということを知らない世代が出てくること( 現に出はじめているそうです)。そうなれば命を守るという、当初の目的意識がどんどん希薄になっていくことも考えられます。今後も継続していくために、関係者への「なかよし給食」を知ってもらう活動も必要だと考えているそうです。
経験のある栄養士がいれば、実現可能。
最後に、献立改革の中心人物である千歳市役所保健福祉部の原文雄部長から導入エピソードなどをうかがいました。「今回、献立改革がスムーズに導入できたのは、おおわだ保育園の「なかよし給食」という優れた導入事例のおかげです。しかも、よりレベルの高いものにできたのは、津島市役所さんの取り組みやアドムさんのアドバイスも参考にさせていただいたからです。本当に感謝しています。」同時に大きな推進力となったのが、民間保育園の理解と協力だといいます。「民間保育園さんは委託方式なので、市役所として直接関与はできません。そんな状況の中で、すんなりと受け入れていただいたことは大きいですね。」と原部長はいいます。
これから導入を考えている方へメッセージをお願いしたところ、こんな返事がかえってきました。「なかよし給食は、多少の経験がある栄養士がいれば実現可能です。現にうちの中島が1か月もかけず実施していますから。最初に栄養価を調整するのが大変でしたが、はじめてみればなんとかなるものです。」と語る原部長。手づくり料理を増やしたものの、調理員を増員したわけでもありません。何よりもいいのは、現場が「毎日ピリピリしなくて済むことになったこと」といいます。今後について尋ねてみると、現状で大きな成果がでているから「完全除去は考えていない。」とのこと。またこれまで通り必要な安全性を確保し、月1回のスペシャルデーには、ケーキやプリンを食べる機会をつくるなど、ムリのないレベルで継続していきたいと考えているそうです。
最後に。
鶏卵と牛乳を除く献立をはじめるなんて、そう簡単にできるものじゃない。食物アレルギーについて千歳市それが単独の民間保育園ならまだしも、自治体にもなれば「本当にうまくいくのだろうか」という大きな疑問がでてくるのはないでしょうか。しかし、今回の取材でわかったのは、間違いなく「可能だ」という事実です。しかも驚くほどスムーズに受け入れられ、運営されています。では、どうして上手くいったのでしょうか。その大きな要因が、「子どもの命を守る」という目標があったからと考えられます。現場の調理員、配膳する保育士、それを取り巻く人々。こうした給食に関わる人たちが、その目標に向かって一つになったからこそ実現したといえます。もう一点、管理栄養士である中島さんの存在も欠かせないでしょう。
実は導入当初、「なかよし献立」は週2回程度としていたそうです。それを中島さんが「毎日実行する」と宣言したのだとか。まさに献立改革の大きな推進力につながったことは間違いないでしょう。そんな「なかよし給食」にとってのキーマンですが、実は栄養士経験が4年です。それでも実行できたのは、献立が組み立てられる「献立力」があったからこそ。多少のキャリアと献立力さえあれば、実現可能だということです。人為的ミスの軽減になるだけでなく、おいしい給食にもつながる。さらに、みんなでいっしょに給食が食べられる。いいことづくしのアレルギーフリー献立は、全国の保育園で広がりつつあります。アドムとしても今後、こうした事例をご紹介していきたいと考えています。今回、ご多忙の中、取材に応じていただきました皆様、本当に貴重なお話しをいただけたことを心より感謝申し上げます。
(取材日2015.11.29-30)