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保育園における栄養管理サービス(2)


インシデント・プロセス

和歌山県民間保育園連盟第25回記念研修大会の第2分科会の研修の後半は、 情報収集能力と問題の焦点化の技術の向上を目指して演習を行った。用いられた 技法はインシデント・プロセス。ここでざっとインシデント・プロセスについて 説明しよう。(佐橋祐佳里)

■概要

インシデントとは、ある「小さな出来事」のことを指す。インシデント・プロセ スは事例研究法(ケース・スタディ)の一種で、マサチューセッツ工科大学のピ コーズ教授が提唱した事例研究法の一つ。情報を収集しながら問題を解決してい くプロセスに重点が置かれる。

インシデント・プロセスで開発を目指す能力は問題発見、問題分析、意思決定な ど。その特徴は、次の通りとなる。

(1)インシデント・プロセスでは、始めに受講者に提示される情報はごくわずかである。
(2)受講者はリーダー(講師、司会者)に質問しながら、必要な情報を収集する。
(3)参加者一人一人が発表者の立場でなく、問題解決の当事者の立場で考えられるため、 主体的・積極的な研修ができる。
(4)事例の資料が短くてすむので、発表者の負担が少ない。

インシデント・プロセスの応用型として、保育士のケース会議などに応用できる。 インシデントの作成とケースの対応方法によっては、保育士のコミュニケーション能力、 幼児保育に関する指導計画立案のための情報収集能力、情報の処理能力、 プレゼンテーション能力なのどの研修に活用できる。

■ 実施手順

インシデント・プロセスは次のようなステップを踏んで進められる。

第1ステップ インシデントの提示
第2ステップ 事実・情報の収集
第3ステップ 解決すべき問題は何か
第4ステップ 解決策の意志決定とその理由
第5ステップ このケースから何を学んだか

(1)第1ステップでは、発表者からインシデントが発表される。

実際に研修会では、以下のようなインシデントが発表された。

「Y君は、自閉性障害があると診断された5歳児の男子。3歳までは給食 はよく食べたが、4歳になると保育園ではほとんど給食を食べなり、 保育士から発育の心配があるとの訴えがあった。 栄養士は、児童相談所、医師、指導保育士から情報を収集した後、今後の保育園で の対応について、保護者との面談をすることになった。」

(2)第2ステップは情報の収集である。

参加者は事実関係を発表者に対し質問し、対処に必要な情報を収集することによっ て対処方法を導く。

担当講師は受講者に対して、次の点に留意することを強調する。この5つのステッ プの中で、とくに第2の「事実・情報の収集」のステップが重要である。

1) ケースの全容は質問によって解明していく。
2) 講師はケースの関連情報を把握している。
3) 講師は質問されたことのみに答える。
4) 同じ質問には答えない。
5) 受講者は他の受講者の質問にも注目する。
6) 講師にも不明なことは「不明である」と答える。
7) 受講者は質問によって得た事実や情報をもとに整理していく。
8) 質問や答えに対して批判をしない。

(3)第3ステップでは、集められた情報をもとに、解決すべき問題は何か問題 を焦点化する。研修会では、5人から6人のグループに分かれ、問題がどこにあ るのかが検討された。

(4)第4ステップでは問題と解決策について意志決定を行う。 研修会では、グループごとに意志決定を行い、「対応方法」と「その理由」を発表した。

■結果とコメント

(1)情報収集について

これまでの食歴、本児の保育園での日ごろのこだわりの様子、変化が起こった時点の保育環境に 何か変化は無かったか、本児の喫食調査の結果、食べる献立のリスト、食べない献立のリストなど、 30分にわたって、栄養アセスメントに深く関連する項目の周辺に質問が行われた。

(2)対処方法について

意志決定のプロセスでは、各自、具体的な対応策を提示することができた。 対応策をグループ化して列挙すると、以下のようになる。

●食歴などの食環境へのアセスメント

・よく食べていたときとの環境の変化について詳細に調査する。(例:担当保育 士、食器などの変化)
・家庭での環境の変化を調査する。

●メニューの工夫(栄養補給に焦点をあてる)

・食べられた料理の調理方法を調べ、見た目の違うメニューを少しずつ広げることを工夫する。
・比較的食べるおやつを工夫し、栄養補給を行う。
例:みたらしだんご、おとうふ、にんじんなどの料理をかわいく調理し、おやつ として栄養を補給する。

●食教育・行動変容をうながすアプローチ

・エプロンショーを使った人形劇で食べ物に対する興味を引き出す。
・食材の絵カードを使う。
・シールを使って食べられたときの行動を強化する。
・ともだちといっしょに食べ物をつくる経験をする。
・本児の行動を詳細にチェックし、こだわりが起こる場面のきっかけを調べる。

●家庭へのアプローチ及びカウンセリング

・えのきのバターいために人参を加えるといった、新しい食材を体験できるよう な献立が立てられるよう家庭を支援する。
・家庭での献立に少しずつ食域を増やしていくことを支援するため、 積極的に保護者への献立の提案を行う。

●保育環境の工夫(多領域からのアプローチ)

・集団に無理に入らせないで友達とのやりとりが生まれるように工夫する。
・保育室に好きな物を置いておくといった保育環境を工夫し、保育室に興味を持たせるようにする。
・園児全体の保育環境を工夫し、本児が集団に対して入り込めるように少しずつ働きかける。
・自閉にとらわれて特別な対応をするではなく、保育環境や給食の献立を工夫を行うことにより、 食欲が変化していくことを待つ。
・給食の場を変えてみるなど、思い切った工夫をする。例:外で食べてみるなど。

以上のように、本児に対する参加者の対応策は自閉児に対する栄養ケアプランと しては望ましいものばかりであった。
その意味では主体的にインシデントにかかわり、自分の問題として自閉児の偏食について 捉えることができたといえる。

■実際の対応と結果

本児に対する実際の対応は、
(1)母親との面談による3日間の家庭での献立と食べた量による喫食調査
(2)保育園の献立記録と保育記録による過去1ヶ月の保育園での献立と食べた量による喫食調査
(3)食べ物のこだわりをさぐることを目的とした調査を目的として、調理方法による 嗜好の傾向の有無を調べるため、料理カードを母親に見せた。
(4)保育指導に関する担当の指導方針の変化があるかどうかを調査した。

その結果、
(1)喫食調査ではほぼ70%の栄養所要量を満たしている。
(2)調理方法に関する一定の傾向はない。
(3)ビタミンB1、カルシウムについては所要量が大きく満たされていない。
(4)食品に対してのこだわりはない。
ということが判明し、栄養摂取が極端に偏る心配はないと判断された。

栄養補給では、ビタミンB1・カルシウムの不足は比較的好んで食べる御飯から摂取することが できるように、精白米に混ぜる強化米(B1補給)と骨太家族(カルシウム補給)を使用した。 また、おやつで微量栄養素が摂取できるような栄養強調食品を使用した。

母親は栄養所要量は十分ではないにしても重篤な栄養状態ではないことがわかり、 園での対応に安心感を持つことができた。また、B1を補給した後、食欲は徐々に回復し、 BMI値の改善が見られた。3ヶ月経過した現在でも、BMIの回復は継続している。

■コメント

インシデント・プロセスは、(1)小さなインシデントに接し(2)情報を集め(3)問題を焦点化し (4)解決策を意志決定するまでのプロセスについて主体的な参加経験をすることにより、 問題解決能力を高めようとするものである。

問題とは、目標と現状のかり離に他ならない。すなわち「問題解決」とは、目標を達成するために なんらかの対応策を実施し、目標が達成されたかどうかをチェックする連続的なプロセスと 言いかえることができる。

インシデント・プロセスは「なぞときゲーム」ではない。従って、インシデント・プロセスには 対応方法について正解というものはない。

ある特定の対応策が正解かどうかは実は誰にもわからない。しかし、ある特定の 対応策が実施されたとき、目標に近づいたか、目標からさらに離れたかについては、 適切な評価の尺度さえ手に入れれば、保育者は評価できるはずである。

栄養管理サービスでは、栄養スクリーニング→栄養アセスメント→栄養ケアプランの立案→ モニタリングというプロセスで栄養マネジメントが実施される。

そのサイクルは課題によっては長期になったり、短期になったりするが、基本的にどんな栄養マネジメントも、 このプロセスを通過することを念頭に置いておくことが大切だ。 特に、栄養アセスメントは栄養ケアプランの立案には決定的に重要な要素となる。

今、根拠に基づいた医療ケア(EBM)の必要性が指摘されているが、栄養管理 サービスでも根拠に基づき対応策を立案すること(EBNC)が大切であることは同様である。

研修に参加した人たちは自閉性障害に関する専門家ではない。それでも 意志決定した対応策をグループ化してみると、参加者は栄養管理サービスの各領域に従ったケア課題に 従って対応策を決定していることが推定できる。

栄養管理サービスという視点から栄養士が自閉性障害の治療教育プログラムに参加することは 残念ながらまだほとんど実践されていない。 しかし、栄養アセスメントと栄養ケアプランの戦略さえあれば、社会福祉施設における 様々なサービス場面で、これまで発想できなかった対応策が生まれる可能性がある。

今、臨床栄養師の育成についてようやく教育機関で実践が始まろうとしている。 今後、臨床栄養師が活躍できる場面を拡大するよう、法的整備を含めた改革が必要ではないだろうか。


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