この報告は愛知県栄養士会福祉部会(2001年9月26日)でアドムの佐橋祐佳里が報告した 内容を要約したものです。 ●なかなか改善されないアメリカ人のBMI アメリカの食の実態は依然としてあまり改善されているとはいえない。 脂肪エネルギー比の改善や、全米の5aDay運動など、ヘルシーピープルモデルによる 食教育キャンペーンにより一定の効果を上げた反面、 依然として日本では考えられないような分量の食事を採る。 アメリカに行ったことのある人は、肥満(obese)の人が多いことに気がつくだろう。 BMI(Body Mass Index)でいえば、40を越えるような人を頻繁に見かける。 脂肪からのエネルギー摂取比は下がったし、野菜や果物も食べるようになったし、 低脂肪牛乳は飲むようになったけれども、摂取する量がもともと多すぎるのだ。 ●オレンジジュースとカップケーキ 写真は、筆者らのグループが2001年10月にメリーランド州のスーパーで撮影したものだが、 これだけの量を摂取すれば、BMI値が高いのは当然である。 問題は幼児期からこれらの食習慣が形成され、青年期まで維持されることだ。 特にワシントンDCのような都市では郊外で生活し、車で職場まで通勤するというライフスタイルが 多い。そのため、生活に必要な物資はすべて大型スーパーで調達する。 アメリカは海から遠い都市も多く、魚を食べる習慣があまりないので、魚市場のようなものはない。 従って、お菓子、肉類、ジュース類などは自然に大型化してくる。 チーズボールのお菓子は日本では決して売れない大きさだが、 買い置きが中心の生活なので、この大きさでも売れることになる。 家庭ではオレンジジュースがよく飲まれている。アメリカの栄養士とも話をしたが、 最も栄養のある黄色野菜はオレンジジュースと教えているそうだ。 日本のように四季折々の野菜や魚類が豊かな国とは条件が異なるとはいえ、 首をかしげたくなるような印象は否めない。 オレンジジュースやカップケーキのサイズが大きいことと、 摂取エネルギーが多いことは関係がないとはいえないだろう。 国家的な戦略でもある、ヘルシーピープルモデルで「脂肪や糖分をなるべく少なくすること」 「野菜や果物を毎日食べる」「できるだけ穀物からエネルギーを」ということを多くの人が認識 しているにも関わらず、全体としての消費をそちらの方向に向かわせることはなかなか難しいようだ。 ●「いいものを与える」よりも「食べる力が育つこと」を重視 アメリカはセルフヘルプの国である。自分のことは自分で守る。このことは、あらゆる場面で強調される。 日本のように「安全と水はただ」と考えている国とは根本的に国民性に差がある。 確かに、誰が見ても食環境は悪い国だが、その一方で、 健康に関する自己管理能力を厳しく問われる国でもある。そこでは常に <自己決定能力>が問われている。「そういう食べ物を選んだのは自分」というわけだ。 そのため、保育園の食教育活動においても、日本とは異なったアプローチがとられている。 図は食べ物を使った絵だ。お米、ほしぶどう、マシュマロ、パスタなどが使用されている。 国際的な食糧事情を考えると倫理的には問題がある気がするが、幼児期のなるべく早い段階から食べ物の に慣れ親しんでいくことを目的としていることがよくわかる。 アメリカのこどもたちは早い段階から家庭においても食事づくりを体験している。 写真はこどものためのキッチン用具セットだ。こども用のサイズに作られていて、 幼児でも操作することが可能だ。 食べ物についても、こどもだけで作り上げることができるようにキット化されている。 セルフヘルプの国であればこそ、幼児期から自己決定が重視されていることがわかる。 食の教育においても、バランスの良い食べ物を与えそれを残さず食べるということよりも、 自分でよいものを選んでくる判断能力を育てることに重点が置かれているわけだ。 アメリカにおける幼児期の食教育のポイントとしては、 1)こどもの主体性を尊重している。 2)こどものセルフケア能力を高める支援を行っている。 3)こどもが食に関して何が大切なのかを気づくように環境を工夫している。 とまとめることができるのではないだろうか。 ただ、自己決定能力を育てるだけでは望ましい生活習慣は形成されないことも事実だ。 生活習慣病を予防するための方策は今や先進国の共通の課題となっている。 ●望ましい生活習慣形成のモデル ここで、もういちど生活習慣病の予防モデルについて考えてみよう。 これまでに、集団的なアプローチとしていろいろな予防モデルがあった。 ・構造モデル:性差、地域、社会的階層などに問題を求め改善する。 ・教育モデル:食べ物の知識を教え込む。 ・ヘルシーピープルモデル:健康に対する信念や認識を深める 集団的なアプローチは大切である。これまでにも、ヘルシーピープルモデルは国民の健康に対する認識を高め 脂肪エネルギー比30%という目標値も達成することができた。 社会構造に対する対策が大きく健康に関わっていることは明らかである。 しかしながら、集団的なアプローチだけでは限界があることは否めない。 地域社会の中に、継続的に個々のクライアントに対して 継続的に生活習慣の形成を支援するための個別支援システムがほしいところだ。 日本におけるヘルシーピープルモデルである「健康日本21」は、まさに、集団的アプローチと 個別アプローチの双方を組み合わせていこうというものだ。国、地方自治体、企業、NPO、医療機関など 多様な機関がそれぞれの特徴を生かして相互に連携していこうということを指向している。 問題は、地域における個別の栄養ケアマネジメントシステム。これをどのような形で、誰が行っていくのか? 残念ながら今はまだ地域における栄養ケアマネジメントシステムはない。 これからの栄養士の業務のありかたと深い関係を持っているので 栄養士のがんばりに期待したいところだ。 望ましい生活習慣を身につけるには、人生のできるだけ早い段階で正しい生活習慣を 身につけることがもっとも効率がいい。 特に食生活については、幼児期に基本的な行動を形成することが大切だ。 ●幼児期における栄養カウンセリング 幼児期の食生活習慣は、幼児のみならず、親に対するアプローチが重要である。 おなじように幼児の生活の一部となっている 保育園や幼稚園の保育士や教師に対するアプローチも見逃すことができない。 これまでは、どちらかというと、親に対する栄養指導は知識を提供することに比重が置かれていた。 指導法としても提示された方針に対してどれくらいコンプライアンスを維持できるか に関心が向けられてきたといえる。 この研修会では、健康に関する行動変容を目的としたカウンセリングモデルの紹介と、 その実践事例について報告した。 健康のための行動変容―保健医療従事者のためのガイドより 図は、行動目標の重要性と実現の自信に関する自己評価をもとにしたカウンセリングモデルである。 これはステファン・ロルニックらのモデルで、日本には中村正和氏が紹介している。このモデルは、 行動変容のターゲットとなる行動や目標設定をクライアントが主体的に決定することを支援していく ところがポイントだ。詳しくは「健康のための行動変容―保健医療従事者のためのガイド」に詳しいので 是非参考にしていただきたい。 カウンセリングにおいて、話し合いたい事項をアジェンダという。 事例1ではアレルギーのある4歳児の母親に対するカウンセリングで、 重要性と自信についてを10段階で自己評価させることによって、 アジェンダが変化し、重要度と自信の自己評価が高いアジェンダが設定されていく様子が紹介された。 幼児においても工夫次第でアジェンダの重要性と自信について自己評価を行うことができる。事例2では 4才の女児がきらいな野菜を食べることについての重要度を絵に描いた山の頂上とふもととの間に 絵カードを置くことによって自己評価させることができたことが報告された。 この女児はベジタブルファイターズカードを使用した経験があり、カード遊びのひとつのパターンとして、 カウンセラーと女児との間でラポールが成り立っている。 具体的な方法論については、今後実践を積み重ねて効果や問題点を検証していく必要がある。 ●まとめ 以上をまとめると 1)教育モデルやヘルシーピープルモデルは国民レベルでの行動変容に対して 一定の効果を上げることができる。 2)生活習慣病に対しては集団モデルだけでは不十分である。 3)個別のアプローチとして行動変容を起こすための個別カウンセリングなどの方法が必要である。 4)親にもこどもにも行動変容カウンセリングは有効である。 栄養カウンセリングはこれからの課題である。今後も継続的にこの分野の研究を行っていきたい。 参考文献 健康のための行動変容―保健医療従事者のためのガイド ステファン ロルニック, Stephen Rollnick, ピップ メイソン, Pip Mason, クリストファー バトラー, Chris Butler, 地域医療振興協会公衆衛生委員会PMPC研究グループ 代表 中村正和 |
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