数々の病院経営を立て直し、医療界のコストカッターの異名をもつ国立医療・病院管理研究所医療経済研究部長小山秀夫は
管理栄養士を要請する大学関係者の前でこう叫んだ。患者の栄養マネジメントに力を入れていくことが、病院で消費される薬剤費用を抑制し、病院経営改革につながっていくという意味の発言だ。小山は「管理栄養士の在り方」が病院のコスト構造そのものを変えるカギを握っていると見る。 これまで、日本の疾病治療は投薬に大きなウエートが置かれていた。しかし、これからは個人の栄養マネジメントを行い、 疾病の一次予防を行うこととEBNC(根拠に基づいた栄養ケアマネジメント)による早期の治療が求められている。 また、そうでなければ、病院経営の合理化とコスト低減はおぼつかない。(敬称略) ●医療制度改革と疾病の第一次予防の課題 今、国レベルで論じられている医療改革は、診療報酬を減らし保険料を上げるというもの。 医療現場の合理化は必須の課題である。 しかし、健康保険を引き上げ、医師の人件費、看護婦の人件費をいかに抑えたとしても、 典型的な労働集約型産業である医療業界の収支バランスを改善することは実はたかがしれている。 医療改革の本命は「人が病気にならないようにすること」だ。あたりまえのことだが、これが医療費削減には最も効果が大きい。 今、日本もおくればせながら病気の一次予防に向けて動き出した。一次予防を考えなければ、 本当の意味での医療改革を成功させることはできない。病気の一次予防では管理栄養士が大きな役割を担う。 医療費を抑制し、来るべき超高齢化社会に日本が耐えるためには、「食と健康」の専門家である管理栄養士の活躍は欠かせない。 ところが、現在の栄養士や管理栄養士のおかれている立場は、はっきりいってフードサービスの従事者でしかない。 将来期待される栄養マネジメントの担い手としての役割ははるか遠いのが実状だ。 小山は管理栄養士を称して「ながぐつをはいたうさぎちゃん」といった。このことばは、 白い長靴をはいて給食室の中を飛び回わらなければならない栄養士の置かれている立場を端的に表している。 管理栄誉士が疾病の一次予防の場で栄養ケアマネジメントという新しい業務が遂行できるよう、 まずは法的な環境を整備しなければならない。それにともない病院、施設などの意識改革を行うことや、 良質の管理栄養士が輩出されるよう、教育システムを整備することが今求められている。 ●栄養士法の改正 改正栄養士法は平成14年4月1日から施行される。今回の栄養士法の改正は、地域の栄養指導、 栄養ケアマネジメント分野で管理栄養士が活躍できるようにするための法的環境の整備といってよい。 改正栄養士法の趣旨は管理栄養士を(1)免許制度とし業務の責任に重みを与えたこと、(2)医師の指示のもとに 業務をおこなっていたものを医師と連携して業務にあたるように変えたことだ。 今後は管理栄養士が主体的に医療行為を行うことになるのである。 これを受けて、大学を中心とする管理栄養士養成施設では、今カリキュラム編成をめぐって大きな変動が起こっている。 平成14年4月1日の施行に向け、管理栄養士養成施設には独自性を発揮して魅力あるメニューを提示することが求められているのだ。 ところが、思うように管理栄養士育成のための人材が集まらない。 まさに、病院や施設で、疾病の一次予防に資することができる管理栄養士を育てるためのレースが始まったのだ。 ●栄養マネジメントの目的 栄養指導に対する保険点数が低いから栄養指導が充実しないという議論がある。 だが、ベッドサイドで栄養に関する知識を与えることが中心の栄養指導にいくらお金を払っても、 それで患者の栄養状態が改善され、退院時期が早くなるわけではない。冒頭で述べたように、問題は栄養指導方法にあるのではなく、 「食べ物で疾病を治す」経営戦略と技術レベルを獲得することが求められている。 ここで各国の平均入院日数について見てみよう。 (参考1) 医療提供体制の各国比較(1998)
(日本は厚生省調べ、諸外国はOECD Health Data 2000) (厚生労働省)日本は人口当たりの病床数が多く、医師と看護士の数が少ない。そして一端入院すれば入院日数が長いのが特徴になっている。 逆にアメリカでは、人口当たりの病床数が少なく、病床あたりの医師と看護士が多い。 入院はほんとうに緊急時だけに限るという姿が浮き彫りになる。 もし、日本にDPP(疾病ごとに決まった医療報酬制度の導入)があれば、病院経営は入院日数が長ければひとたまりもないことがわかる。 さて、栄養マネジメントの目的について考えてみよう。マネジメントは、組織の共通の目標に向けた継続的な改善活動にほかならない。 経営マネジメントでは(1)顧客満足の追求(2)技術オリエンティッド(3)マンパワーの育成 (4)徹底した財務指向という視点から目標設定を行うと成功しやすいといわれる。 栄養マネジメントにおいても、これと同じように、(1)患者満足の追求(2)医療サービスの質を向上させるための技術改善 (3)NST(Nutritional Support Team)活動によるチーム医療技術の向上 (4)財務指数の改善という目標のもとに栄養マネジメント活動がおこなわれるとよい。 ●「栄養療法」の経済的メリット 医療コストを引き上げるリスクファクターに、長期の入院がある。先に述べたように、 日本の平均入院期間は他の先進国に比べて圧倒的に長い。現在においても、長期入院は人件費等のコストを押し上げる。 DPPが導入されれば、このリスクファクターはさらに上昇する。逆に言えば、入院期間を短くすることができれば、 リスクを引き下げることにつながる。 日本の病院や長期療養施設(特別養護老人ホーム)で<暮らす>高齢者はほとんどが栄養失調であるという。 高齢者の人たちは、特別な栄養ケアが必要となっているにもかかわらず、あいかわらず薬物療法中心のケアになっている。 栄養ケアマネジメントを正しく行えば、入院期間を劇的に減らすことができるという。 入院期間を減らすことによって、院内感染などの二次的なリスクファクターも同時に低減させることができる。 医療的栄養療法はすべての医療セッティングで効果的にコストを引き下げることができる。 栄養スクリーニングを行うことによって、幼児期から高齢者のケアにいたるまで、 生活習慣病のリスクをチェックすることができるからだ。 生活習慣病の患者の場合、ホームケアによって適切に治療が出来る可能性が高い。 例えば、糖尿病、ガン、HIV-AIDSは患者が通院が出来ないような場合であっても、栄養マネジメントを行うメリットがある。 これらの患者に管理栄養士がフォローアップやモニタリングを行うことによって、入院コストを下げることができるためだ。 例えば、ワシントンDC地区のホームケアのセッティングでは、AIDS患者がホームケアの栄養セラピーを選択し、 26,000ドルのコストを削減したという報告がある。 技術の高い管理栄養士による栄養アセスメントにより、食事の摂取量を改善し、 医療的にコストのかかる加工食品の使用をしなくてもよくなるというメリットをもたらすことがある。 また、適切な栄養療法により、QOLを改善し、身体的な衰えを遅くし、長期入院に関わる他のコストを引き下げたり、 より高度なケアを必要としないため結果的に医療費を抑制することができる。 ●医学的栄養療法 理想的と思える栄養療法だが、実態はどうなのだろうか。残念ながら、日本では、栄養療法はまだ実践が始まったばかり。 むしろ、栄養療法を実施するためのハードルがたくさんあることに目がいってしまう。 薬物と摂取する食品の相互作用によって代謝が影響を受けるが、正しい情報を得ることはなかなか難しい。 アメリカでは、疾病ごとの栄養療法がコード化され、MNT(医学的栄養療法)が大系化されているため、 専門家はこのあたりの情報を検索することができる。 医療分野では、近年、根拠に基づく医療EBM(Evidence-Based Medical)が必要であるといわれている。 同様に、栄養マネジメントの分野でもEMHC(Evidence-Based Medical Health Care)が必要であるとされている。 アメリカのように、栄養療法についてもインターネットなどで、豊富な事例が紹介され、 根拠にもとづいて栄養アセスメントがなされるようにならなければならない。 質の高いケアは統合的ヘルスケアシステムとそのネットワークが必要だといわれている。 病気の第一次予防を中心に据えたシステムの場合、どうやって個人の健康と栄養管理を行うのかが大きな問題となる。 例えば、「予防的な家庭向けのサービス」「院外治療」「ホームケア」「特別養護老人ホームでのケア」などが 相互に連携できるようにならなければならない。いいかえれば、どうやったら、 管理栄養士が個人の栄養マネジメントを行うことができるようになるかが問題なのだ。 ●成功の条件 死因の80%が食事やアルコール、たばこに関連しているという現実がある。 これらは生活習慣病であり、とりもなおさず、長期的な健康ケアに影響している。 これを栄養的にマネジメントするのが管理栄養士である。近い将来、管理栄養士による栄養ケアマネジメントは 総合的な健康ケアサービスの本質的な部分を担うことになると予想されている。 それを具体的にどのようなシステムで行うのか。時代は今、管理栄養士の地域におけるネットワークを求めている。 |
||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||
| 戻る |